政策法務(実習)研修のまとめ
| はじめに |
| 1.法による授権と行政権の行使 |
| 2.要綱の政策法務的運用、分権化に伴う要綱の条例化 |
| 3.条例による風俗営業等の規制可能性 |
| 4.地方議会の法的性質、法的権限 |
| 5.情報公開条例の比較検討 |
| 6.職員の責任と住民訴訟 |
| 感想 |
| 政策法務というのは最近使われるようになった用語で、自治体職員などの公務員の日常業務をすべからく法務ととらえ、行政運用の際に必ず必要となる法律的な作業のことを総称するようだ。従って政策法務研修とは、法的思考能力を身につけるための研修という位置づけが出来る。 自治体の職員は普段から法律に親しんでいるように思われるかもしれないが、配属部課やその仕事の分量、また個人の意識や能力の差によってその習熟度はさまざまである。 関係法令を全て理解することは到底出来ないことだが、行政運営には必要に応じて、法的な思考により適正な判断と手続きを行っていくことが重要であり、今回の研修は我々がこうした法務能力を身につけていくためのものだといえる。 |
| 事例1:漁港管理者であるU町が漁港水域内の不法設置にかかるヨット係留杭を法規に基づかずに強制撤去する費用を支出したことが違法とはいえないとされた事件 ヨットをつなぐ杭を多数河川に打ち込んだため、近辺の漁民より河川の通行に大きな支障が出るとして苦情をうけるなどしたU町が、迅速な判断で同係留杭を強制撤去したため、その費用の支出が適法かどうかが争われた事件である。 原審では町には撤去権限がない等の理由で公金の支出は違法との判断であったが、最高裁判決では違法とはいえないとの判断となった。 <最高裁の判断>
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| 研修で用いた参考事例はあまりにも多かったため、省略する。 いわゆる行政指導の根拠となっている要綱が法かどうかということについて、いくつかの事例をとおして学んだ。 北海道知事が産廃の設置を要綱に基づく行政指導により禁止したことが違法であるとされた事例があるように、本来要綱は単に行政運営の内規として扱われるものであり、それが処分性をおびた時、既存の法令と抵触することは許されない。ただし、給付行政等にみられるように、要綱に基づいた行政運営が住民サイドからみて法に基づいて行われるのとほぼ変わりがない効果が期待される場合があり、こういったケースは要綱による法の確認とか要綱の「法」化といわれ、法的な性質を強くもっている。 こうした要綱による行政指導には限界があり、可能な限り条例化、規則かをすすめるべきであるが、国の法律と抵触する可能性があるなど現状では慎重な対応が求められるようである。機関委任事務が廃止されれば、こうした動きはもっと顕著になることが予想される。 表題とは直接関係ないが、事例としてとりあげた産廃の設置許可のあり方については、現実の問題が身近にあることもあり、グループ内で問題点の確認を行った。 |
| 事例説明: 宝塚市と兵庫県伊丹市において、パチンコ店の建設に関し、風営法よりも強い規制を定めた条例を制定したことが、宝塚市の事例では違法とされ、伊丹市では合法とされた。 判例では、市町村条例により風俗店の建設に風営法よりも厳しい基準を設ける可能性があることについては見解の相違がないようだ。判断の基準となっているのは、条例が違法とされた宝塚市では極めて広範な地域を新たな規制対象としたことが風俗店の営業規制にあたるため、その目的と規制手段が風営法と重なっていると判断されたことである。 |
| 事例1:町議会が議員に対し議員辞職勧告決議等をしたことが名誉き損に当たるとして国家賠償を請求する訴えが法律上の争訴に当たるとされた事例
事例2:普通地方公共団体の議会による議員の外国研修旅行の決定に裁量権を逸脱した違法があるとされた事例 事例1のケースでは、議員辞職勧告決議というのは地方自治法135条に定める懲罰には該当せず、法的強制力をもたない。しかし議員という社会的地位に同決議が及ぼす影響は極めて大きいため、決議そのものではなく名誉毀損による損害賠償を請求した原告の訴えが最高裁で認められた(平成4年)。 |
| 多くの自治体で情報公開条例が制定され、つい先日(平成11年2月)には国の情報公開法が衆議院を通過した。 情報公開制度が出来たため、我々の県でも常に公開を前提とした仕事を進めるようになり、行政の公平性、妥当性がこれまでよりも格段に向上したように思われる。また、地方議会等においても、住民の監視の目があるという意識から、これまでよりも活発な議論が望めるようになったようだ。 一方で、条例が出来たために情報の管理が厳密になり、これまでなら簡単に外部に公開出来た資料でも、正規の請求手順を踏まなければならなくなったり、個人情報にあたるということで公開出来なくなるなどの皮肉な例も見受けられる。 また、一人の申請者による膨大な資料の請求のためその準備に概算で何百万円という人件費が必要な例もあり、申請を行う者にも適正な権利の行使が望まれている。 研修では三重県のもの、ニセコ町のものなどを用いて条例の比較を行った。条例とは関係ないものの、ニセコ町では役場の課長会議までも一般職員に公開されており、各役職者は職員のもとでその資質をとわれ、結果として有能な者が確実に上にたつことが期待されるのでおもしろい運営であると思う。 いくつかの条例を比較する際には、単に字句を比較することは重要な点を見落とすことになり、制度の優劣を論じるさいには、条例がどのように情報というものをとらえ、その適正な運用が行われるよう配慮されているかを考えていくよう指導があった。 |
| 事例:虚偽の会議の名目で支出された公金の損害賠償責任
<最高裁判決の主旨> (感想) |
| 研修のおかげで、公務員試験の時に勉強したようなことをもう一度復習することが出来たが、それ以上にいくつかのことを新たに学ぶことが出来た。 一つは事実認識の大切さである。事件にはあまり表に出てこない重要な評価ポイントがあることがあり、正当な事実認識を欠いたまま法的思考をつみかさねれば、本来出てくるべき結論とまったくべつの結果が導かれることがある。 また、こうした問題ではだれに責任があるのか不明瞭なケースや、どうにも気の毒な事例jも多いことが分かった。 また、ドイツなどの諸外国の事例を紹介され、日本とはいろんな社会背景がちがう国の話であるとはいえ、興味深かった。特に自治体の職員となるには日本とは比べものにならないほど充実した研修をうける必要があり、向こうではいかに公務員に高い資質が望まれているかが分かった。(もちろん日本でも望まれるのだろうが、本当にそれを望むということはそのためのいろんな負担も強いられるということである。) 研修では他の職員の方と議論、発表ということを行ったが、残念ながらそのレベルは高かったとは言えない。全員がそうというわけではないが、自分も含めてこうした研修で議論を行うには能力不足だったという感が否めない。 まず、十分に宿題をこなせないため、議論の場が判例理解の場になり、発表の場が事例紹介の場になってしまうケースが多かった。宿題の質、量は確かに多すぎたように思うが、どうしても出来ない分量ではなかったにもかかわらず非常に多くの人が理解不足であった。 また、議論でも論点を絞ることが出来ないことが多かった。勉強不足であること、議論に不慣れであること、またはその他の理由により、論点があいまいなため深い議論を行うことが出来なかった。 いわゆるプレゼンテーションにいたっては、その不慣れさが際だっていた。聞き取りにくい話し方は論外としても、何を話したいのかはっきりしないため結局は何をいっていたのか理解しにくいケースや、議論の発表の場であるのにそのほとんどが事例紹介に費やされるケースも多かった。またメイングループの発表が終わった後に全く同じ内容のことをサブグループとサブサブグループが紹介するなど、発表により議論をふかめるよりも、単に事前にまとめた内容を発言するケースが非常に多かった。 こんなことで、研修そのものは有意義であったが、逆に我々の組織のレベルがたいして高くないということを認識することにもなった。こうしたわれわれに責任あるポストが任されることは、私は結構心配でもあり情けなくも思っている。 |